226事件の真実
1.国家を内部崩壊させ共産革命に導くため手段は問わない。非合法行為もかまわないし、真実を隠蔽しても良い。この時代、このような恐ろしいレーニンの思想がインテリ層や若い世代を中心に全世界に拡がっていて、わが国も昭和の初めマルクス・エンゲルスやレーニンなどの全集が飛ぶように売れていた。
2.日本史では『軍国主義』『青年将校』というと極右をイメージするが、コミンテルン第6回大会から4年後の昭和7年5月15日に青年将校が首相官邸に乱入し、犬養毅首相を殺害する事件が起こった。この五・一五事件の首謀者が書いた檄文には、青年将校が抱く共産主義への傾斜が明らかだ。
3.「 国民諸君よ、君側の奸を屠れ、国民の敵たる既成政党と財閥を殺せ、官憲を膺懲せよ、奸賊、特権階級を抹殺せよ、農民よ、労働者よ、全国民よ、祖国日本を守れ」とまさに共産革命宣言そのものだ。皇道派といわれる彼らは4年後には226事件で主力メンバーとなる。
4.20年8月14日深夜、天皇陛下が吹き込まれた玉音放送のレコード盤を奪い取って終戦を阻止しようとした陸軍の将校らのメンバーがいた。彼らは近衛第一師団長を殺害し、師団長命令を偽造し近衛歩兵第二連隊を用いて宮城を占拠したのだ。(宮城事件) ご聖断に反対するメンバーが右翼ではない。
5.リーダー格には共産主義者がいて、レーニンの『敗戦革命論』を実践してわが国の体制を徹底的に破壊して共産革命に導こうとしていた。ソ連は8月9日に対日宣戦布告し侵攻を開始したがソ連軍が日本列島の主要な部分を占領するまで戦争を終わらせるわけにはいかない。戦争を長引かせようとした。
6.日中戦争勃発時から開戦直前まで首相を務めた近衛文麿が終戦の年の2月に天皇に上奏し、戦争の早期終結を唱えた『近衛上奏文』がある。この中で近衛はわが国の左翼分子が我が国を第二次世界大戦に突入させたことを明確に書いている。http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-208.html …
7.近衛文麿上奏文の最後のくだり「昨今戦局の危急を告ぐると共に、一億玉砕を叫ぶ声次第に勢を加へつつありと存候。かかる主張をなす者はいわゆる右翼者流なるも、背後より之を煽動しつつあるは、之によりて国内を混乱に陥れ、遂に革命の目的を達せんとする共産分子なりと睨み居り候。」
8.近衛は学生時代から社会主義思想に共鳴し昭和8年に昭和研究会を発足、その中心メンバーが後に近衛ブレーンとして彼の内閣を支えた。ゾルゲ事件の首謀者尾崎秀実や左翼活動家もいた。第一次内閣で日中戦争に引き摺り込まれ戦線拡大、第二次内閣で三国同盟と日ソ中立条約、第三次で政権を投げた。
9.近衛が政権を握っていた時代に実際に起こったことは昭和10年第7回コミンテルン大会でのスターリン演説内容と符合する。「独と日を暴走させ。その矛先を露に向けさせない。独の矛先は英仏へ、日本の矛先は蒋介石中国に向けさせよ。戦力を消耗した日独の前には米国を参戦させて立ちはだからせよ」。
10.近衛はソ連が世界の共産化のために工作を続け、軍部や官僚に多くの共産分子がいることをしり「彼等の主張の背後に潜める意図を十分看取する能はざりしは全く不明の致す所」と書いて天皇に謝罪し勝利の見込みのない戦いを継続することは共産主義者の思うつぼだから早くこの戦争を終結させるべきと。
11.スターリンの戦略は、資本主義国同士を戦わせて双方を疲弊させたのちに革命を仕掛けて共産陣営に組み込むことだった。日米政権の中枢部に、ソ連と繋がる人物が多数送り込まれていたしGHQにまでいた。極東裁判で捏造された物語が正史として教科書に採用されている事態を正す時だ。
12.沖縄での基地問題に絡む騒動を見るに付け、未だに、昭和の初めから続く共産思想に汚染された左翼分子が、隣の国の後押しで事を構えている事は明らかだ。ヒットラーやスターリンの独裁政権の怖さを知り尽くしているはずなのに、現在の共産党独裁政権に対する甘い態度は米国を初めとする民主主義聨合の緩み以外の何物でもない。