ある女子大教授の つぶやき

日常の生活で気がついたことを随想風に綴ってみたいと思います。
うるう秒
1.平成27年(2015年)7月1日に「うるう秒」の調整が行わたが、今度、平成29年(2017年)1月1日(日)の午前8時59分59秒と午前9時00分00秒の間に「8時59分60秒」が挿入される。この瞬間をNICTのホームページの時計で見る事ができる。https://www.nict.go.jp/

2.何がおきているか。1972年から暦に原子時計が採用された。自転の変化は予想以上に大きく、それに合わせて時刻を調整しなければならない。自転速さは一定ではなく、少しずつ遅くなり「うるう秒」を入れるが、時には早くなることもある。

3.たった1秒だが、場合によっては影響が出る。地震観測で震源の位置や時刻を地球上の各地にある地震計で観測し、データを中央コンピュータに集めて、その時間差から計算する。1980年1月1日、世界標準時の0時に、大西洋のアゾレス諸島で地震が起きた。各地の観測点で観測されたが、間が悪く、その時にうるう秒が挿入され、時計が1秒だけ遅らされた。このためコンピュータがパニックを起こし、震源地を正確には決められなかった。

4.気象庁では緊急地震速報に使っている熊野灘沖の海底地震計からのデータを、うるう秒の前後15分間だけデータを取り込まないことにした。だから、この時に地震が起きても速報は最大12秒遅れることになる。うるう秒の調整は7月1日か1月1日に行われることになっている。

5.もう一つの懸念は株取引で、フィンテックで取引は1秒以下の精度で行われている。米国では、混乱を避けるために、取引時間外を狙ってうるう秒を挿入している。幸い1月1日は元旦で日曜日だから、市場は休みだ。たかが1秒、されど1秒。
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日本人のルーツは大陸ではない
1.福島県の貝塚から発見された縄文人の歯のDNAの分析によると、現代の日本人には縄文人のDNAが受け継がれている事が見えてきた。縄文時代から現代にかけて日本列島人の集団が遺伝的にどのように変化したのかがわかってきた。日本人はアジア周辺の人達と外見は似ているがDNAはかなり違う。

2.アジアの人とはかなり違う特徴を持つ縄文人とは、男性だけにあるY染色体の調査から浮かび上がってきた。Y染色体とは、父親から息子に受け継がれていく物の特徴で、この変化を調べると男性の先祖を辿る事が出来る。世界中で調査した結果、男性は先祖から次々に分かれて、現在、A〜Tまで20群

3.古いタイプは人類誕生の地アフリカに多いが、日本人の中には比較的古いと見られるDタイプの人がいる事が分かっている。D群はアジア大陸では韓国・中国には殆ど見られない。D群は分岐のかなり早い時点で誕生したという事が考えられるのでD群は縄文系であると考えられる。

4.現代日本人のY染色体のタイプはDとO群とが半々だから、日本に古くから住んでいた日本人のD群、そして比較的近年、大陸からやって来た大陸系のO群との混血で日本人となっている。D群は日本以外で世界に2箇所、Dを多く持つ男性が多い地域があり、チベットとインド洋のアンダマン諸島

5.アジア大陸にもD群がかつて分布していたが、その後のO群に取って代わられた。日本やチベットやアンダマン諸島は、島国だったり山間部に属している事から、他のグループとの交流・接触がかなり限られていた為、現代でもかなり高頻度でD群が残っている。

6.日本人は中韓人とDNAレベルで全く違う事が明確になった。同時に万世一系は絶対に守るべきだ。男系継承によってしか万世一系の皇統は護れない。日本が日本である理由は「万世一系の天皇」が存続している事だ。 天皇のいない日本は日本ではない。http://www.hiranuma.org/japan/note/note20051122_2.html …

7.2005年に議論のあった、小泉総理や有識者会議の「国民世論を参考にし、男女を問わず最初の子供に皇位を継承する」などという案は、男女平等や同権等の綺麗事に惑わされて、二千数百年も続いてきた万世一系の皇室伝統を、この平成の御世で破壊することであると気づかねばならない。


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企業の内部留保
1.内部留保とは決算で、製品やサービスの売上高から、人件費や原材料費、借金の利払い費、法人税などを差し引く。残ったお金が1年間のもうけとなる当期利益だ。ここから株主への配当などを支払い、最後に残ったお金が内部留保となる。BSで利益剰余金と記載される金額を指す。

2.企業は内部留保をまるごと現金でため込んでいるわけではない。工場建設や海外企業買収などに充て工場や株式などに姿を変えている。企業が持つ現金と預金は15年度に200兆円と内部留保全体の半分だ。企業が海外企業の買収に投じた対外直接投資は15年度に17兆円と過去最高に達した。

3.経済界は大幅な賃上げには消極的だ。最近の円高で企業のもうけが減っているためだ。消費の停滞に関しては「医療など社会保険料の負担増が消費者の節約志向を強めている」とみて、政府に社会保障費の抑制を求めている。設備投資は「人口減少が進む日本国内への投資拡大は難しい」という。
内部留保推移
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全ての問題は格差に起因する
1.モノ、サービス、ヒト、カネの国境を越えた移動を自由化するグローバリズムは、国家間、地域間、 企業間、国民間に「格差」をもたらす。最初の時点で スタートラインが一緒だとしても、 自由競争の結果「勝ち組」が出現すると勝ち組に対するリソースの投入が拡大し負け組との格差は拡大する。

2.利益最大化を目的に人々が自由に行動する限り、 勝ち組へのリソース投入は拡大し、 負け組は打ち捨てられ格差は拡大する。 国内の所得格差も同じで、勝ち組となった一部の人々は政治力を高め、 「勝ち組を有利にする政策」を政治家に推進させようとするから、ますます格差は拡大する。

3.格差を放置しておくと必ず社会が不安定になり、 特に日本の場合は安全保障までもが弱体化するからグローバリズムや構造改革に反対する。 世界最古の歴史を持つ日本国を、国民国家として存続させ、 国民が全体的に豊かになる「経世済民の国家」を実現することが最も重要なことだ。

4.イギリスのブレグジット、あるいはアメリカ大統領選挙の状況を見ていると、 各国の「国民」が自らの主権を取り戻すことを望み、 特定の投資家・大企業のみを利するグローバリズムへの反発が激しくなっていることが分かる。自由民主主義は、民衆の選択した最良の道である事は疑いないが問題も。

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日章丸事件

1.昭和28(1952)年3月、イランは英国資本の油田を強制的に摂取して国有化したため、英国と国交断絶状態になっていた。英国海軍は報復のため、ペルシャ湾を航行するタンカーを監視し、イランから石油を積み出そうとするタンカーを拿捕した。イランは石油を売ることができない状況を招いた。

2.イランから石油を積み出せば安く仕入れることができ、イランと日本の国交を切り開くことができる。出光興産所有のただ一艘のタンカー「日章丸二世」に密命を与え向かう先はサウジアラビアにした。船長と機関長の2名だけがイランに向かうと知っていた。

3.成功すれば二億円の儲けだが、タンカーが拿捕されて失敗すれば、5千万の赤字で出光興産は倒産する。日本はこの前年に占領から独立したばかりで、その日本が英国の横面を張り倒す行動に出る。神戸を出航し、密かにイラクのアバダンに入港した。英国の監視下の港に入港したニュースは世界に流れた。

4.イラン石油を満載した日章丸は夜陰にまぎれ、密かにペルシャ湾を抜け出た。インド洋を横断し無事、川崎に入港した。占領に打ちひしがれていた当時の日本人の心を奮い立たせた。世界に日本の海運技術を見せつけた。イランと日本の信頼関係の絆を深めた。英国アングロイラニアン社が石油所有権を提訴した。

5.裁判に勝利した佐三は、昭和31年、徳山湾に日本一の製油所を建設した。会社はひとつの家族、地域も家族、国家も家族という日本流の考え方を貫いた出光創業者は昭和56年、95歳で人生の幕を下ろした。日本人にとって会社は家族で、西洋風でもない。共産主義風でもない、日本風の商家の考え方だ。

6.1973年9月、テヘランの自動車会社へ緊急出張した事があった。日章丸事件から20年後のことだったが、何処へ出かけても親日的な雰囲気を感じ取る事ができた。お陰で仕事も順調に進む成果を上げる事ができた。百田尚樹著「海賊と呼ばれた男」。
 

| - | 22:05 | comments(0) | - | ↑TOP
米国は好戦的だった
1.米政府は封鎖して追い込めば日本政府は「絶対に勝てない」と合理的に判断して譲歩すると考えた。ところが、日本の意思決定システムでは強烈な外的ショックでもないとなかなか決まらない。ハル・ノートは、そういう「外圧」として機能した。それが米軍が無防備のまま、日本軍の奇襲を受けた原因だ。

2.日本軍は真珠湾の直前にマレー半島の英海軍戦艦を攻撃したが、彼らもまったく無防備だった。ルーズベルトが日本との、そしてドイツとの戦争を望んでいたことは、あらゆる史料で明らかであり、日本政府はそれに受動的に対応したにすぎない。ルーズベルトの陰謀という話は否定しようもない事実だ。

3.今日の平和と繁栄は昭和の国難に直面し、日本の自存自衛とアジアの平和を願って尊い生命を捧げられた二百万余の戦歿者の礎のうえに築かれたことを忘れることは出来ない。戦後50周年談話に「侵略的行為」や「植民地支配」という言葉の入り込む余地はない。

| - | 22:02 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP
G7で最低の歳出削減で落ち込む経済
1.列島改造論は角栄の政策理念で、その書籍は大ベストセラーとなった。地方の過疎と都市の過密を一挙に解決し伝統的な故郷再生を力強く主張し、工業再配置と交通情報通信の全国的NWの形成をテコにして、人とカネとものの流れを巨大都市から地方に逆流させる地方分散を推進すると訴えた。

2.角栄はその国民的大人気を背景に全国のインフラ整備の推進を図った。その結果、全国に新幹線や高速道路等が構想され、それを推進する体制が整備された。然しこの構想は僅かな期間しか継続しなかった。総理就任後、愛知大蔵大臣が急死、後任の元大蔵官僚福田赳夫は列島改造論施策を後退させた。

3.石原慎太郎著『天才』など、多くの角栄本が本屋にならぶ。閉塞した状況打開には、強いリーダーシップが必要という潜在的な気分が共有されているブームだ。しかし、現在、田中の日本列島改造論については、何の理解も得られていない。

4.終焉はロッキード事件だった。狂乱物価、金権政治とかマスコミ批判で多くの国民は角栄詐欺師のウソ話と見なすに至った。国民的大人気を博した角栄が単なる犯罪者だったという思いが裏切者という気分を惹起し、その恨みゆえに公共事業や列島改造論に対して激烈に否定的な感情を呼び起こした。

5.公共事業は何やら悪しきものという烙印を押され、汚職、不正の温床となる無駄なものと語ることが当たり前となった。公共事業をバッシング・批判することが正しき政策、インテリの証しとなり、逆に公共事業を擁護するのは、不道徳、知性の欠如の証しであるかのような空気に支配されてきた。

6.公共事業利権目当てに、古い自民党の象徴森を中心とした利権目当ての政治家たちが暗躍し、都民、国民の税金が貪り食われているという論調が繰り返された。これらは皆、角栄の金権政治を理解するときのパターンと同様に公共事業は汚職の温床という色眼鏡であらゆる公共事業の認識から来ている。

7.豊洲や五輪の公共事業をめぐる大騒ぎは、何もことさら騒ぎ立てる話ではない。それはさながら「村の中でいったん犯罪者だと疑われてしまった『無実の少年』が、何をやっても『やっぱりこいつは犯罪者だ!』と決めつけられ、叩かれる」という「冤罪」話と同じ構図だ。
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日本人の民度
1.暴虐は日本人に対してだけ行われた残虐行為では決してない。西蔵は人口600万の国だったが、中共政府は人民解放軍で攻め込み、120万人を殺害した。西蔵は敬虔な仏教国で軍はなかった。人民解放軍は仏教寺院に攻め込み高僧たちの両手両足を切り落とし信仰の力で元にくっつけてみよと笑っていた。

2.こうした暴力はウイグル、満洲、内モンゴルで続けられた。支那人による外国人侵略だけでなく、同じ支那人同士でも行われた。文化大革命による支那全土を恐怖の渦に巻き込んだ暴虐、天安門事件、法輪功への弾圧。朝鮮戦争で李承晩は自分の命のために住民を大量虐殺した。理不尽暴力は枚挙に暇がない。

3.敵対するものは全て暴力による排除の対象で、敵を黙らせるためには、公然と暴力による残虐を行うことは常識であり、歴史であり、文化であり、伝統だ。日本人には想像もつかない。日本人は喧嘩をして相手がうずくまって勝負がつくと止める。支那では相手がうずくまったら、そこから集団暴力が始まる。

4.日本は縄文以来2万年の歴史を持っている国で、神話時代からでも3千年、社会制度が文字に残るようになった歴史時代からでも1300年以上の古くて長い歴史を持った国だ。日本人は民度の高い民族を維持してきた。これこそ他国の模範として護らなければならない。

| - | 05:53 | comments(1) | trackbacks(0) | ↑TOP
中央アジアの火種
1.プーチンは下院選挙で圧勝、専制色を強めるが、アキレス腱は原油とガスだ。中国とは蜜月を演出しているだけで、いずれ中露関係は険悪化する。中国人への嫌悪であり、中国人は露を恐れる。中央アジア5カ国は「中国につくか、露につくか」で右往左往。ユーラシアの中央部も政治的激震だ。

2.ウズベキスタンの独裁者大統領急死し、政治地図は変色中だ。 ウズは露主導のEEUにも、CSTOにも加盟せず、独自路線を歩んできた。「永世中立」をとなえ、いかなる露主導の多国間組織にも加わらないトルクメニスタンに対し、プーチンはガス輸入を激減させ、その分をウズベキスタンに切り替え。

3.露は中央アジアのイスラム5カ国の烏合集散に手を焼いている。完全にロシアからも離れたトルクメニスタン、そして、離れつつあるタジキスタン問題に直面している。アフガニスタン侵攻のときに前線基地だったタジキスタンは、露への比重を中国に乗り換え、金融やインフラ建設を依拠している。

4.同国への中国人の流入は15万人を突破している。露はCSTOの加盟国でもあるタジキスタンの治安維持支援のため、CSTOの緊急展開部隊(2万2000人規模)から、一部をタジキスタンへ派遣する動きを見せている。キルギスには、依然としてロシア軍が駐屯する。

5.プーチン構想の「グレートユーラシア」の中枢メンバーにも加わろうとしている。中国は露の顔色を見ながら、これらイスラム5カ国に静かに、しかし着実に浸透しつつある。「シルクロード構想」を表看板として、ユーラシアのパワーゲームをしたたかに戦っている。 ユーラシアの秩序も壊れつつある。

| - | 05:50 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP
知られざる最高責任者
1.日米中枢部にはコミンテルンのスパイが多数潜入し、日本を中国大陸へ引き込み、米国ではルーズベルトを操り、日米開戦へ誘導した。日本を共産圏化させ東アジアを支配するためだ。ヴェノナ文書(ベノナ文書)で明らかになった。
2.日本でも、1945年2月14日 に近衛文麿が昭和天皇に対して出した上奏文には、自分がコミンテルンに操られて日本を戦争へと導いたことを懺悔している。彼は昭和12年から16年まで3度首相になり、日本の進むべき方向を誤らせた諜報人だった。昭和20年、裁判の開始前に自殺した。

3.遺書「麿(まろ)は過ちを起こしたかも知れんがアメリカが話し合わないのが悪い。ペリーだが来て開国させたのが過ちだ。アメリカに移住しようとした、イギリス人が悪いんだ。米大陸を発見したコロンブスやアメリゴ・ベスプッチだかが悪い。麿は死ぬから関係ないが。この恨み、孫に晴らさせてもらうわ。」
4.戦争を始めた原因とも言える人物だが、その責任を東条に押し付けた。近衛は何でもかんでも責任転嫁する人物だ。仮装パーティーでヒトラーのマネをしたりする、このようなきちがいが大事な時に首相に就任したことが日本のボタンのかけ違いだった。

5.近衛文麿は共産主義思想に被れていた。近衛内閣の外務大臣であった松岡洋右は近衛には気をつけろと残している。松岡は国際連盟を脱退したことで有名だ。連盟を脱退して、独自の外交を模索したが、世界支配層と繋がっている近衛は松岡の民族主義を許さず、これを更迭した。
6.近衛は東大哲学部を卒業し、京大教授で共産主義の大御所、河上肇の元へ行った。近衛は「米英本位の平和主義を排す」といい、ユダヤ人のオスカー・ワールド著「社会主義化における人間の魂」を翻訳し発禁になった。近衛家は藤原家の流れで五摂家の筆頭、天皇の前で唯一、足を組むことを許された。

7.ガラスケースに飾られた「共産主義思想」を眺め、貧しい者たちは共産主義とは愛情あふれ、ヒューマニズムにあふれていると勘違いした。近衛は自分の思想を実現するために、日本を混乱のどん底に陥れ共産主義化を企てていた。長男をスターリンの元に送り、日本共産化を計画していた。
8.第一次内閣(1937.6〜39.1)で蘆溝橋事件に対応、軍部に押されて日中戦争拡大させ戦時体制を強化した。第二次(1940.7〜41.7)組閣で、北部仏印進駐、日独伊三国同盟、日ソ中立条約など米国との対決。第3次(41.7〜41.10)で日米交渉に行き詰まり総辞職、敗戦後自殺。

9.それにもかかわらず、老若男女、資本家も労働者も、地主も農民も、軍部も政党も、国家主義者も自由主義者も、誰もが近衛の登場を歓迎した。「私は各方面の御協力と支持を得たい」。近衛の願いはそのとおりになった。


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