ある女子大教授の つぶやき

日常の生活で気がついたことを随想風に綴ってみたいと思います。
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女の一生1部
1.長崎の小さな村の農家の娘、少女「キク」は隠れキリシタンの村に住む青年に一途な恋をする。キクは奥手で片思いのままである。 青年の住む村人らは隠れキリシタンであること故に、それだけの理由で、罪を問われ明治政府からも拷問を受ける、次々と延々と益々ひどくなる拷問を受け続ける。

2.キクは神様のことを知りもしないまま、まさに神の示した愛の道そのものを生きた。聖者でも役職付きの信者でもないが、拷問弾圧に耐え抜いたただの田舎の農民たちがいた。彼らは口先だけで愛を説く者らより遥かに神に近くにいた。キクの短い人生は神の教えの実践をすること、愛とはその行動。

3.現実的にキリシタンやキクのようにはとてもなれないというのが、普通の感覚だ。神の救済と愛の射程の広さ、敬虔なキリスト教徒だけでなく、伊藤のごとき弱くて醜い克己心のまったく無い人間、自分でしっかり道を歩むめない者までも含める、を伝えたかった。

4.『カラマーゾフの兄弟』のプロとコントラの章を思い出させる。奴従と自己喪失は、神の意図だろうかわからない。現代日本は無宗教が多数だが、自らの道を見つけ自身の足でしっかり歩む人々ばかりではない。何かの奴隷となって自己を人の教えに預けた方が良い者、キクのような人間はすくない。

5.切支丹弾圧の歴史に沿った恋愛と信仰を描いている。キクの清吉への想いが切ない。彼女の心の叫びが聖母マリアへと悪態のように響くのが、キクの中にある恋心の全てだった。イエスの寄り添う姿は勿論のこと、マリア信仰が色濃く出ている作品だ。最後にマリア像の前に倒れこむキクの姿が印象に残る。

6.浦上四番崩れというキリシタン迫害事件の話し。沈黙とは違う重さがある。キクの清吉を愛する気持ちが切ない。年老いてからの清吉と伊藤の再会してからの会話。時代が悪かったのか。宗教の自由とは悲しい出来事の歴史だ。マリア像の泪がとても心に響く。キクの人生は無駄じゃなかった。
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