ある女子大教授の つぶやき

日常の生活で気がついたことを随想風に綴ってみたいと思います。
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リベラルとは何者か
1.フーバーは1929年3月に大統領就任、この年の10月にNY株式市場が大暴落し世界大恐慌に至る。フーバーは景気の冷え込みによる税収の減少を、大幅な緊縮財政で乗り越えようとしたが、ただでさえ市中からお金が消えている貧血状態に政府が財政縮小で更に大量の血液を抜いた。平成日本と同じだ。
2.FDRはそのフーバーに代わって「米国経済を完全復活させて景気回復を図る」を公約とした。就任後すぐに手掛けた「ニューディール政策」で大規模な財政出動によって公共工事を行い、これによって新たな雇用を生み出し、景気を回復させるという政策だ。箱物行政だが、これが大成功した。

3.いち早く恐慌を脱出して景気回復と二桁の経済成長を回復させた日本の高橋是清財政がその原型だ。ND政策はその二番煎じだが効果は絶大だった。米国経済はV字回復だが、この経済政策には限界がある。次の大統領選で「米国は絶対に戦争をしない」と三度も繰返して公約を述べたが、狙いは逆だった。
4.戦争となれば、飛行機、艦船、武器弾薬、機密保持のためのセキュリティ、兵員たちの装備、兵舎等の造営等々、莫大な資金が動く。軍事産業のために、国民は総動員され、若年労働力は兵員として戦地に送られ、そして国内からは失業者が一層される。背景としてFDRには日本憎しという感情が伏線としてあった。

5.FDRの岳父は宣教師として日本や支那で布教した。支那人はパンを貰えるから日曜日には教会に続々と人が集まり、支那では成功したが、日本ではそうはならず失敗した。それが日本憎しとなり、地政学的には米英仏蘭が手を握り支那国民党政府を味方につけ日本を叩けば瞬く間に壊滅させることができるとの読みだった。
6.英仏蘭は欧州で独に攻められ青息吐息で米国に参戦してもらいたい。日本と米英仏蘭支が戦争になればFDRは欧州戦線へ参戦できる。米本土が戦場にならないから米国の景気は上昇する。当時、FDRの周辺には、ソ連のスパイ沢山いた。日本を戦争へと追い込むハル・ノートもスパイの仕業だった。

7.ソ連にとっては支那事変の渦中にあった日本が米国と戦争になれば、必ず日本が疲弊し満州から北支、朝鮮半島方面がソ連の領有になれるという期待があった。国際社会の全てのベクトルは日本打倒に集約された。ところがあまりに強く、漸く原爆まで落として日本を降参させた。
8.世界に平和が戻ったのも束の間、米国はソ連とは冷戦となり、支那共産党が周辺国への侵攻を果たして好き放題の虐殺を始めた。要するにFDRの戦争関連の政策は完全に失敗に終わった。ソ連は、昭和20年8月9日に日ソ不可侵条約を破棄して100万軍勢を満州北支方面から日本に向けて南下した。

9.この8月9日は長崎に原爆が投下された日だ。100万軍勢の動員には、準備だけでも数ヶ月かかる。ソ連の対日参戦は数か月前から準備が進められ、そしてその日が8月9日であったということは、米国の原爆使用日に関する正確な情報をソ連はスパイが掴んでいたということだ。
10.大戦終結後、米国は朝鮮戦争、東西冷戦、ソ連との代理戦争となったベトナム戦争、アフガニスタン戦争、イラク戦争と、米国の若者たちを兵役で死なせることになった。米国政府内では旧ソ連のスパイや、中華マネーに侵された共産主義者たちが、隠然とした勢力を持っていた。これがリベラルの正体だ。
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