ある女子大教授の つぶやき

日常の生活で気がついたことを随想風に綴ってみたいと思います。
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紙幣とコイン
1.「お札(紙幣)」と10円玉や100円玉のような「ジャリ銭(コイン)」の二種類がある。お札には「日本銀行券」とあるが、コインの方は「日本国」とある。前者は日本銀行が発行しているは、後者は日本国政府が発行しているということだ。どうしてそのような区別があるのか誰も知らない。

2.明治の初めには、明治政府がお札を発行していた。ところが政府発行紙幣は世界中どこでも信用がない。政治は色物で色はコロコロと変わり、政治の都合で紙幣を印刷することもある。小さな紙切れ一枚で、何万円もの価値を創造できてしまうから危険極まりない。徳川幕府は金貨で裏付けていた。

3.幕末に日米和親条約によって、日本から金が大量に米国に流出した。幕府は金の含有量の少ない万延小判を発行し流出に歯止めをかけた。次に幕軍と薩長軍に分けて国内に内戦を仕掛けられ、米国の南北戦争の余り物の中古の軍服や銃や大砲、弾薬を幕軍、薩長軍両方が買わされた。

4.要するに、日本の幕府をうまく騙して金を大量に日本から吐き出させたが、それに気がつかれてしまったので、今度は内戦を煽って仕入れがタダの南軍の中古装備を日本に買わせることで、もっと日本から金を吸い上げようとする米国の策略に日本はハマってしまった。だが江戸城を明け内戦終了だ。

5.会津の抵抗、五稜郭の戦いがあったが、南北戦争のような戦いは回避されてしまった。底なしに戦時用品を売ろうと思っていた米英仏は拍子抜けだ。けれど既に金が大量に国外に流出し明治政府にはお金がない。明11年に新紙幣を発行した。絵柄が三韓征伐を行った神功皇后だ。

6.征韓論に湧く国内世論に神功皇后を描いたお札を発行。ところが政府紙幣に信用がないので、第三者機関を作ってそこにやらせたのだ、明治14年の日本銀行の創設だ。明15に開業し日本に残った銀を用いて、日本銀行兌換紙幣を発行した、日本の通貨はようやく安定を迎えた。

7.この明治政府発行通貨に信用がなくて額面の半値程度でしか両替商が扱ってくれない時代に、政府発行紙幣を安値で集めていた岩崎弥太郎は、日銀がその紙幣を額面で買ってくれるということになったとき、これで弥太郎は大儲けして、時の財閥となった。こうしてできたのが三菱財閥だ。

8.弥太郎は金やシステムのもたらす信用より「約束を守るという日本という国と日本人」を信じた。そのことが三菱大財閥を生んだ。三菱グループでも、国を信じ民族を信じるという創業精神が失われ儲けが重視される体質になっている。創業精神に帰れは古くて新しい言葉だ。

9.いまも日本では、日銀が紙幣を発行し、政府は補助通貨としてコインを発行するという住み分けが行われている。お子様やお孫さんたちにお正月にしてみよう。先輩たちに、いろいろな苦労があった。その苦労の上に、いまの日本があるのだということを知っていただく、良いきっかけになる。
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