ある女子大教授の つぶやき

日常の生活で気がついたことを随想風に綴ってみたいと思います。
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連続爆破事件
1.三菱重工爆破事件は、1974年8月30日に千代田区丸の内で発生した。「狼」の4人は、午後0時25分ごろ三菱重工業東京本社ビル(現:丸の内二丁目ビル)1階出入口付近に爆弾を置いた。東アジア反日武装戦線は第二次世界大戦以前の日本を完全な悪と捉えており、太平洋戦争を侵略戦争として憎んでいた。戦前・戦中に日本の重工業を支え、戦後も日本を代表する重工メーカーであり、防衛産業を手掛け、海外進出を行っていた三菱重工業は現在においても「帝国主義」であると断定した。

*慰安婦問題でオバマ大統領が韓国で発言しているので、彼の認識不足を指摘するために、米国の公文書を以下に示しておきます。米国国立公文書館所蔵の慰安婦に関する原文と日本語訳:韓国の主張を完全正確に覆している米国の公文書:
http://texas-daddy.com/comfortwomen.html
2.企業を狙った爆破事件は翌年5月までに11件起こり、「東アジア反日武装戦線」というグループが実行犯だ。1975年5月19日メンバー8人が逮捕された。普通の会社員だった。その後も残党(宇賀神、桐島)や、「世界赤軍日本人部隊やみのつちぐも」、「世界革命戦線大地の豚」、「世界革命反日戦線・タスマニア1876」と名乗る新グループによる爆破・放火事件が77年11月初めまで続いた。

3. 1975年8月4日、日本赤軍はクアラルンプールのアメリカ大使館、スウェーデン領事館に人質をとり占拠(クアラルンプール事件)した。彼らの釈放要求により、日本赤軍、連合赤軍の共産同赤軍派を源流とするグループメンバー6人と、なぜかそれらのグループとは関わりのない佐々木が指名される。

4.1977年9月28日、日本赤軍のハイジャック事件(ダッカ事件)により、浴田由紀子と大道寺あや子は「超法規的措置」で釈放され出国して、日本赤軍入りした。佐々木とあや子は現在も国際手配中だ。1979年11月12日、東京地裁・内藤丈夫裁判長は、大道寺将司と片岡に死刑、黒川に無期懲役を言い渡した。オバマ来日の超厳戒態勢をみて爆弾事件を思い出した。戦前から日本に入り込んだコミンテルン思想は、このような形で生き延びてきた。今でも完全には消滅してはいない。
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