ある女子大教授の つぶやき

日常の生活で気がついたことを随想風に綴ってみたいと思います。
『ヘンリ・ライクロフトの私記』について
1.イギリスの作家ジョージ・ギッシング(1857-1903)の『ヘンリ・ライクロフトの私記』は岩波文庫に入っている。高校のときに英語の副読本として読まされたことがある。長い貧困生活ののち偶然知人の遺産を得て、老境(54歳)に至り初めて安息の日々を送ることが可能となったヘンリ・ライクロフトという作家が、その隠遁生活をつづったという設定の日記風作品だ。実在の人物ではなく、いわばギッシングの分身で執筆当時、ギッシングは44歳でまだ生活に追われており、その後も主人公のような恵まれた老後を迎えることなく、本書出版の数ヶ月後に肺炎で亡くなった。次の文章には、主人公の生活に対するギッシングのあこがれがよく表れている。

2.「平和ないこいの一夜が明ければ、ゆうゆうと起き、いかにも老境に近い男にふさわしくゆっくりと身じまいをし、今日も一日じゅう本が読める、静かに本が読めるといういい気持ちにひたりながら階下に下りてゆく。この人間が、はたして私なのか、ヘンリ・ライクロフトなる私なのか。長い間苦労に苦労を重ねた、ヘンリ・ライクロフトなる私なのか。」本を愛する主人公がロンドンですごした貧しい青春時代の回想シーンは、ギッシングの実体験に基づくものだけあって、とても印象的に描かれている。60ページ前後。

3.「あるとき、気がついてみると、石炭もランプ油もなくなっており、しかもどちらを買う金もなくなっていた。せめてできることといったらベッドにもぐりこみ、霧がはれて空がもう一度現れるまでじっと横になっている以外にはなかった。・・・私はこれ以上の孤独に耐え難くなり、家を出てなん時間も町を歩きまわった。家にもどったときには、私は少しばかり金をもっていた。暖をとり燈火をあがなう金であった。私は大切にしていた一冊の本を古本屋に売ったのだ。ポケットに金が入るにつけ、それだけ私は貧しくなっていたのだった。」またギッシングは、主人公の筆を借り、辛らつな社会批判を行ったり、自分の人生哲学を熱く語ったりしている。220ページ前後。

4.「日ましに世間は騒々しくなってゆく。せめて私だけはその騒音の激化に一役買うのをよしたいと思う。せめて私だけでも沈黙を守ることによって世の人々のお役にたちたいと思う。」26ページ。「いろいろな国民が互いに殺戮を始めても、それが私に何だというのか。ばかな奴らには戦争をやらせるがよいのだ。勝手に好きなようにやらせるがよいのだ。」100ページ。利己主義ともとられかねない醒めた個人主義がこの本を貫いている。

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