ある女子大教授の つぶやき

日常の生活で気がついたことを随想風に綴ってみたいと思います。
新党の後遺症災害
1.8年前の民主党政権が、全面的に公共工事予算を止めたことで、国土が弱体化し、毎年のように自然災害が報じられるようになった。この事を確りと頭に入れておこう。民進党の蓮舫代表は大分県日田市や福岡県朝倉市などを訪れ、豪雨被害の被災状況を視察した。視察後、記者団に激甚災害の指定や臨時国会の召集を急ぎ、対策を協議すべきだと訴えた。「甚大な被害だ。臨時国会で、与野党がしっかり議論して復旧策を講じるべきだ」とまるで他人事の如く述べた。

2.ここ数年、地震や集中豪雨に対する被害が拡大しているが、これらは民主党が公共工事予算を半分以下にした後遺症だ。獣医学部問題でも同じだが、彼らはいかに無能であることを証明している。1990年以降、さまざまな新党が国民の期待を背負って誕生してが、全部、期待はずれで、むしろその後遺症で日本は力を失ってしまった。

3.明確な事は、いずれの場合もマスコミが応援団となり、国民は其れに乗せられて投票したが、いずれも全くの期待はずれで、新党は分解してしまった。いま亦、新党が生まれようとしているが、マスコミの応援団がついていることも同じだ。明確な事は、自民党から離れて神道運動に参加した政治家で成功した例は皆無であることだ。小池も若狭も同じ例で、期待などを寄せることは全く出来ない。


http://www.sankei.com/politics/news/170715/plt1707150015-n1.html
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終らざる夏 占守島の戦い
占守島(しゅむしゅとう)の戦い

  ソ連の崩壊以降、ロシアでは第二次大戦における勝利を国家統合の象徴に使う動きが顕著だ。終戦65年を 「特別な年」と位置づけて、歴史問題に力を入れている。ロシア下院では9月2日を「第二次世界大戦終結の日」として、記念日に格上げする法案を可決した。日本がソ 連を含む連合国との間で降伏文書に調印した日だ。法案は当初「対日戦勝記念日」という露骨な名称で北方4島問題を牽制する狙いが鮮明であった。ロシアはポーランドとの和解を果たすなど大戦がもたらした「負の遺産」の解消に取り組んでいるが、 日本との間に残る北方領土問題では譲歩しない姿勢を示している。 

  北方4島に関する歴史は明治8年(1875)5月に、日本と帝政ロシアとの間で結ばれた千島・樺太交換条約に始まる。この条約は署名した場所からサンクトペテルブルク条約と呼ぶ場合もある。これにより、樺太(サハリン)全島がロシア領に、シュムシュ島からウルップ島までの千島列島全てが日本領になった。この条約では、北方4島は当然に日本領土としていて、この千島列島には入っていない。これで幕末以来の日露両国間の懸案であった領土問題が解決した。その後、日露戦争後の1905年のポーツマス条約で、樺太の南半分が日本に割譲された。


  65年前の8月9日に、中立条約を破って突如、ソ連軍は満州へ侵入してきた。これにより、シベリア抑留、戦災孤児、日本軍に捨てられた開拓団などの様々な悲劇が起きた。8月15日にはすべての戦闘は終了したはずであるが、8月17日にソ連軍は千島列島の最北の占守島へ侵攻して、残留していた日本軍と激しい戦闘が行われた。この戦いの様相や意義が最近、明らかにされていている。スターリンの意図は、北海道を半分占領して、ドイツや朝鮮と同じ状態を作り出すことだったが、この戦いで千島列島への侵攻が遅れて、その間、米軍が北海道進駐を完了した。

*浅田次郎著「終わらざる夏」集英社 上下とも1785円
*大野 芳「8月17日、ソ連軍上陸すー最果ての要衝・占守島攻防記」新潮文庫 540円
| - | 05:43 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP
戦時国際法
原爆について
1.戦争には戦時国際法と言うルールがある。人が人を殺し殺されることは悲しいことだが、そこにも一定のルールがある。軍服は戦う人を意味し、軍服、制帽、武器を持てばば殺しても構わないというのが戦時国際法だ。だから非武装「無辜の市民への虐殺」は犯罪だ。ナチスはこれを犯した。

2.原爆は無辜の市民への虐殺で終戦の詔勅に「加之(しかのみならず)、敵は新(あらた)に残虐なる爆弾を使用して、頻(しきり)に無辜を殺傷し惨害の及ぶ所、真(まこと)に測(はか)るべからざるに至る」とある。「新に残虐なる爆弾」原爆で、これは戦争ではないと聖断した。

3.戦場において、ある程度市民に犠牲者が出てしまうことは、やむを得ない。戦争は非常時で先に避難せず、そこにいた方が悪いと考えるのも戦時国際法だ。しかし原爆の一般市民への使用は「戦闘に巻き込まれた被災者」とは意味が違う。戦争のルールを逸脱し明確な戦時国際法違反だ。

4.原爆投下は「国際ルールに基づいた究極の国家外交としての戦争」ではなくなった事を意味する。「リングの中での打ち合い」ではなく、ルールのない「場外乱闘」になった。もはや戦争ではなくただの殺し合いだ。民族存亡どころか人類存亡の問題だ。日本も原爆をほぼ完成していたから復讐できる能力はあった。

5.日本は原爆、ジェット戦闘機、航空燃料も備蓄していた。つまり、日本は戦争継続できた。だから大本営は戦争の継続を奏上していた。しかし天皇は敵の新型爆弾(原爆)の使用が確認されると、すぐに終戦に向けて動かれ、2度めの原爆が長崎に落とされた9日には、終戦詔勅の準備を始めた。

6.平和記念公園には「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」と刻んだ慰霊碑。この碑文に書かれた「過ち」というのは、先の大戦における原爆投下のことを意味している。争いのルール違反は許せない。わが国の御心であり終戦の意味であり、平和を愛する民としての日本人の生き方である。

7.戦争が無辜の民を虐殺するような乱闘になるのなら、我々はたとえその戦を放棄してでも名誉ある撤退を選ぶ。我が国はそういう国だし、日本人としての誇りだ。明治維新後、150年、わが国は決して世界に愧じない堂々たる近代国家を形成してきた。戦後、自虐史観を埋め込まれた人も、この機会によく考えてみよう。
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NTT技術史料館
NTT技術史料館 
1.武蔵野市緑町3-9-11 
三鷹駅北口からバスで10分
http://www.hct.ecl.ntt.co.jp/
2000年11月に開館。日本電信電話公社発足以降のNTTグループの技術史料を「歴史をたどる」と「技術をさぐる」の二部構成で展示している。所蔵品のうち50点余りを2013年に閉館した逓信総合博物館内の「NTT情報通信館」より継承している。

2.コンピュータの歴史はエニアック前後から始めて、日本がどのように貢献してきたかが知りたかったが、ここの展示ではよく分からなかった。素子の歴史もATTのTRに始まり、日本がどのように寄与して、何を失敗したか、これからどのようにしていくのかを展望すべきだ。

3.2013年8月まで大手町にあった逓信総合博物館だが、郵便関連については2014年3月に「郵政博物館」の名称で東京スカイツリータウンで再公開されている。NTT関連がこの史料館に移設されている。秋葉原に会った交通博物館は2007年10月に大宮に出来た鉄道博物館へ移設された。逓信も交通も、子どもの頃からなじみのあった博物館だった。
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未来の発見
過去を捨てて未来へ向かう
1.広告で見たのだが、定年後やってはいけない十戒とは⇒学校へ行く、資格をとる、語学の勉強、ジムに行く、葬式に出る、本を書く、勲章を貰う、NPOに参加、会社を創る、勝負事をする、などだ。「90歳まで働く」郡山史郎、ワックぶんこ。920円。要するに、過去を捨てよと言う意味だ。

2.ソニーがなぜ、アップルのようになれなかったか。それは、過去の大きな成功体験が重い抵抗勢力になっていたからだ。日本の大企業は長期の研究開発や大型工場建設で高度成長期を形成して来た。この成功体験から抜き出る事は容易ではない。革新的な計画を作成しても社内保守派の抵抗で実行できない。新しい時代に生き残るのは、新しい時代の生き物でなければならない。

3.新しい時代は、その時の人が考えて、その時代に合った開発やビジネスを創っていかなければならない。それが本当のパラダイムシフトで、過去には何の価値もない。現在を将来のために使うことだ。全て世界が相手で、あなた自身の、そしてあなたの会社のグローバリゼーションのために、どんな計画を持ちどんな努力をしているかアンテナを張り巡らせて創造することだ。

4.次に起こる事象の確率が、現在の状態に至るまでの経過とは関係なく、現在の状態によってのみ決定される確率過程のことをマルコフ過程という。例えば、天気の移り変わりをマルコフ過程であるとし、雨の日の翌日の天気が晴れである確率が30%であるとすれば、今日の天気が雨の場合、翌日の天気が晴れになる確率は、前日までの天気の状態によらず30%となる。
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『ヘンリ・ライクロフトの私記』について
1.イギリスの作家ジョージ・ギッシング(1857-1903)の『ヘンリ・ライクロフトの私記』は岩波文庫に入っている。高校のときに英語の副読本として読まされたことがある。長い貧困生活ののち偶然知人の遺産を得て、老境(54歳)に至り初めて安息の日々を送ることが可能となったヘンリ・ライクロフトという作家が、その隠遁生活をつづったという設定の日記風作品だ。実在の人物ではなく、いわばギッシングの分身で執筆当時、ギッシングは44歳でまだ生活に追われており、その後も主人公のような恵まれた老後を迎えることなく、本書出版の数ヶ月後に肺炎で亡くなった。次の文章には、主人公の生活に対するギッシングのあこがれがよく表れている。

2.「平和ないこいの一夜が明ければ、ゆうゆうと起き、いかにも老境に近い男にふさわしくゆっくりと身じまいをし、今日も一日じゅう本が読める、静かに本が読めるといういい気持ちにひたりながら階下に下りてゆく。この人間が、はたして私なのか、ヘンリ・ライクロフトなる私なのか。長い間苦労に苦労を重ねた、ヘンリ・ライクロフトなる私なのか。」本を愛する主人公がロンドンですごした貧しい青春時代の回想シーンは、ギッシングの実体験に基づくものだけあって、とても印象的に描かれている。60ページ前後。

3.「あるとき、気がついてみると、石炭もランプ油もなくなっており、しかもどちらを買う金もなくなっていた。せめてできることといったらベッドにもぐりこみ、霧がはれて空がもう一度現れるまでじっと横になっている以外にはなかった。・・・私はこれ以上の孤独に耐え難くなり、家を出てなん時間も町を歩きまわった。家にもどったときには、私は少しばかり金をもっていた。暖をとり燈火をあがなう金であった。私は大切にしていた一冊の本を古本屋に売ったのだ。ポケットに金が入るにつけ、それだけ私は貧しくなっていたのだった。」またギッシングは、主人公の筆を借り、辛らつな社会批判を行ったり、自分の人生哲学を熱く語ったりしている。220ページ前後。

4.「日ましに世間は騒々しくなってゆく。せめて私だけはその騒音の激化に一役買うのをよしたいと思う。せめて私だけでも沈黙を守ることによって世の人々のお役にたちたいと思う。」26ページ。「いろいろな国民が互いに殺戮を始めても、それが私に何だというのか。ばかな奴らには戦争をやらせるがよいのだ。勝手に好きなようにやらせるがよいのだ。」100ページ。利己主義ともとられかねない醒めた個人主義がこの本を貫いている。

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財政赤字は問題ではない
1.政府の財政赤字は巨額で借金も巨額であり、今後は少子高齢化で財政収支は悪化して行くから、日本政府はいつかは破産すると考えている人も多い。日本政府の破産の可能性はない。財政は破綻しない。日本政府が破産することは絶対にない。最期には、日銀に紙幣を印刷させて国債を償還してしまえば良い。日銀法などの改正は必要だが、それだけのことだ。禁じ手で、世の中に大量の紙幣が出回ると超インフレになる可能性が高まると懸念するヒトが多い。

2.日銀としては、預金準備率を大幅に高めることで、市場に出回る紙幣を減らし、超インフレを防ぐことも可能だ。これは銀行への課税と同じ意味を持つから、なぜ銀行だけに課税するのか、といった議論が必要だ。超インフレを恐れる政策は現実的ではない。ならば紙幣印刷に頼らない国債は償還もある。

3.過激な案(1)資産課税で家計金融資産1700兆円の半分を税金で召し上上げる。(2)相続税率を100%にする、これは極端だが「相続税率を大幅に引き上げる。一方で贈与税率を引き下げ、高齢者から子や孫への生前贈与を促す」政策なら現実的だ。(3)上記のような極端な手段を採らない方法。

4.今後は労働力不足時代だから、増税して景気が悪くなっても失業者が増えることは無い。一時的に失業した人も次の仕事を見つけることができるから、問題は深刻化しない。増税がインフレ対策と財政再建の一石二鳥に 少子高齢化で労働力不足が深刻化していくと、インフレの時代が来る。

5.過疎地に道路を整備する事業は、効率は悪いけれども失業対策の面もあるので、特に反対意見はない。今後は、労働力不足の時代を迎え、「過疎地の人々に都会に移住してもらえば、過疎地への道路を整備する必要がなくなり、道路建設要員が介護に従事できるようになる」といった意見も強い。

6.極端な議論だが、一人っ子と一人っ子が結婚して一人っ子を産むことが続くと、最後は日本人が一人になる。その子は家計金融資産の1700兆円を相続し、同時に政府から1000兆円の税金を課せられるが、手元に700兆円残る。財政赤字は子供達に借金を残すから世代間不公平」という議論はない。

7.重要なことは、何千年後かに日本人が最後の一人になれば、財政赤字の問題は何の苦も無く解決するのだ。今後何千年かの間に、いつ、どのような財政破綻が生じ得るのかを考える必要がある。政府が不適切な政策を採れば財政破綻もありうる。特に不適切な政策が採られなければ、淡々と人口が減少していき、子どもは両親の遺産(4人の祖父母の遺産)を相続し、次第に豊かになっていく。その間、財務省は「国の借金を国民一人当たりで計算すると、こんなに増えている」と宣伝して増税キャンペーンを張り続けるが、気にすることはない。





| - | 05:52 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP
日本の地位
世界における日本の地位
1.中国では日本を小日本と呼ぶが国土面積は英独伊より大きい。人口も世界10位で欧州に1億人を超える人口の国はない。実質的に世界で第2位の経済大国で、中国が第2位というのは捏造だ。鉄鋼生産量は米国よりも2割多く、電力消費量は欧州全体よりも多い。世界的に見れば日本は名実共に大国だ。

2.日本がなかったら車は燃費の悪い故障ばかりする欧米の車を乗らざるを得ない。アニメ、マンガ、ゲームもつまらなくなる。累計200兆円を超えるODA大国で、日本のODAがなかったらアフリカは発展しない。そこには経済大国2位と嘘つき中国までが含まれる。貧しい国の医療、学校、道路、橋、鉄道、発電所など全て援助してきた。

3.国連分担金は米国についで第2位、ユネスコ分担金は事実上第1位。高い技術力、世界中で出荷されているスマホは日本の電子部品、TV画面製造に欠かせない偏向フィルムは99%日本製。他国が日本と同じ製品を作ろうとしても、コストがかかり、かつ低品質、品質のばらつきなどで現実的に不可能だ。

4.毎年ノーベル賞科学者を輩出し、未だ中韓では生理化学分野でノーベル賞はない。このことを知らない日本人が本当に多い、この事実を在日や韓国人が否定し、素晴らしい日本を陥れている。日本叩きを続ける中韓に日本の工業部品の輸出を止めたら、1カ月もしないうちに根をあげる。日本は世界の大国なのだ。実は韓国も中国も、何とかして日本を配下に収めたいのだ。
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2020年度の基礎的財政収支(PB)の黒字化目標を放棄せよ
1.財務省の緊縮財政の影響で我が国は小国化した。 財政均衡主義者たちの妄念はPB黒字化目標という狂気に固執し、財務省やそのシンパは財政均衡を憲法に書き込もうと図っている。自民党憲法草案には財政の健全性は法律の定めるところにより、確保されなければならない」という文章がある。

2.日本のPB黒字化目標は閣議決定であるが、内閣が変更できる。PB黒字化が憲法で定められたら、この毒矢を抜き取ることは限りなく不可能に近い。法にせよ、国際協定にせよ、 財政均衡主義が固定化されてしまった場合、 日本のデフレ超長期化と「小国化」「後進国化」は決定的になる。

3.財政健全化の定義は「政府の負債対GDP比率の改善(低下)」だ。名目GDPの増減を決定するのは名目GDP成長率のみだ。政府の負債残高を決定する要因は二つあり、一つ目が国債金利、二つ目がPBだ。PBは国債関連費(償還や利払い)を除く政府の歳出と歳入(税収、税外収入)の収支だ。

4.PBが均衡、つまり政府の歳入と歳出が一致していた場合、政府に「新たな借り入れとしての負債」は増えない。PBが黒字だったとしても国債金利の支払い分、政府の負債は増える。国債金利とは「政府の負債全体に対し、支払いが必要になる利子の金額を負債金額で割ったもの」 だ。

5.PBが均衡している場合、国債関連費を除く歳出と歳入が一致している。その場合、国債金利を名目GDP成長率が上回っていると、政府の負債対GDP比率は減少して財政健全化となる。PBが正確に均衡するケースなどない。政府の負債対GDP比率は名目GDP成長率、国債金利、PBの関係による。

6.(1)名目GDPを増やす、もしくは(2)PBの赤字額を減らす、のいずれかを選択だ。(1)を目指すと国民所得が増え国民が豊かになる。(2)の場合、日本経済がデフレ化し国民が貧困化する。国民の所得が減る、つまりは名目GDPの伸びが抑制されると政府の負債対GDP比率は悪化(上昇)。

7.石破は、2020年度のPBの黒字化目標について「変えたら終わりだ」と述べ、堅持すべきとした。物価目標の2%を目指して大量の国債を購入し続けている日銀の金融政策についても「異次元の政策がいつまでも続いてもらっても困る」と語った。日本国民は貧しくなれ。財政は悪化させよと宣言した。
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玉音放送の内容
1.1945年8月15日正午、終戦の詔を昭和天皇が読み上げる玉音放送がラジオで放送され、当時の国民は戦争に負けたことを知った。そんな昭和天皇の終戦時の玉音放送だが、天皇が日本人に呼びかけていたことを学校では当然、教えない。教えないのには意味がある。メディアでは「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」の部分ばかり流す。しかし他の部分は日本人でもわからないような文言で、一回聞いたくらいでは訳がわからない。

2.漢文体なので当時、放送を聞いていた人もアナウンサーの説明がなければわからなかった。さらに、このラジオ放送のフルバージョンを聞いたことがある人は少ない。玉音放送の本当の意味は「敗戦」でも「降伏」でもない。そんな言葉はどこにもない。本当の意味は日本とアジアの共存共栄を願って戦ってきたが、原爆のようなとんでもない兵器を使いやがった。しょうがないから一時ポツダム宣言を受け入れ「戦闘を終了」する。と言ってるだけだ。そのため、今でも終戦記念日なのだ。

3.以下日本語訳。私は深く世界の大勢と日本の現状について考え、非常の手段によってこの事態を収拾しようと思い、忠義で善良なあなた方臣民に告げる。私は帝国政府に米国、英国、中国、ソ連に対してポツダム宣言を受け入れることを通告せしめた。そもそも日本国民の安全を確保し世界の国々と共に栄えその喜びを共にすることは私の祖先から行ってきたことであって私もそのように努めてきた。

4.先に、米国・英国二国に宣戦を布告したのも我が帝国の自立と東亜の安定を願ってのものであって、他国の主権を侵害したり領土を侵犯したりするようなことはもちろん私の意志ではない。しかしながら、戦闘状態はすでに四年を越え私の陸海将兵の勇敢な戦闘や私の官僚・公務員たちの勤勉なはたらき、私の一億国民の努力、それぞれ最善を尽くしたにもかかわらず戦争における状況はよくならず、世界の情勢も我々には不利に働いている。それだけではない。敵は新たに残虐な爆弾を使用して、何の罪もない多くの非戦闘員を殺傷し、その被害はまったく図り知れない。それでもなお戦争を継続すれば最終的には日本民族の滅亡を招きそして人類文明おも破壊することになってしまうだろう。そのような事態になったとしたら、私はどうしてわが子とも言える多くの国民を保ち、先祖の霊に謝罪することができようか。

5.これこそが政府にポツダム宣言に応じるようにさせた理由である。私は日本とともに終始東亜の植民地解放に協力した友好国に対して、遺憾の意を表さざるを得ない。帝国臣民にして戦場で没し、職場で殉職し、悲惨な最期を遂げた者またその遺族のことを考えると体中が引き裂かれる思いがする。さらに戦場で負傷し、戦禍にあい、家や職場を失った者の厚生については私が深く心配するところである。思うに、これから日本の受けるであろう苦難は大変なものになる。 国民たちの負けたくないという気持ちも私はよく知っている。しかし、私はこれから耐え難いことを耐え、忍び難いことを忍んで将来のために平和を実現しようと思う。

6.私は、ここにこうして国体を守り、忠義で善良なあなた方臣民の真心を信頼し、そして、いつもあなた方臣民とともにある。もし、感情的になって争い事をしたり、同胞同士がいがみあって、国家を混乱におちいらせて世界から信用を失うようなことを私は強く懸念している。国を挙げて一つの家族のように団結し子孫ともども固く神国日本の不滅を信じ道は遠く責任は重大であることを自覚し総力を将来の建設のために傾け、道義心と志操を固く持ち、日本の栄光を再び輝かせるよう世界の動きに遅れないように努めなさい。あなた方臣民は私の気持ちを理解しそのようにしてほしい。
天皇の署名と印璽
昭和二十年八月十四日

| - | 04:23 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP
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