ある女子大教授の つぶやき

日常の生活で気がついたことを随想風に綴ってみたいと思います。
語学習得不要論
1.Google翻訳は現在、103カ国語に対応している。今回刷新されたのは英仏独、西班牙、葡萄牙、日中韓、トルコ語だ。これらの言語で世界人口の3分の1の会話をカバーする。ニューラルネットに基づく機械翻訳の導入によるもので人脳の神経回路を計算機で実現したものだ。

2.ニューロンと呼ばれる神経細胞の結びつきによる巨大なNWを構成する。文章を部分ごとに翻訳しないで文として扱い、全体の流れを把握して訳語の意味候補を見つけ、その言葉の順番を変えて調整しながら人の言葉に近い翻訳する。言葉がどのような使われ方をするかをビッグデータと照らして判断する。

3.しかも、このシステムは学習し続けるようになっていて、使えば使うほど自然な翻訳ができるようになっていく。更に進化すれば、外国語のページを開いた時に日本語ブラウザーが即座に変換し、普通にサイトを閲覧している分には、外国語にお目にかかることもなくなる。

4.TWやFBなどのSNSも言葉の壁を超え、将来的には、洋楽ロックを再生したらJ−POPとして聞こえる世界が来る。外国語に触れなくなることによる副作用も出てくる。辞書不要、語学教師の失職時代だ。
5.例題:
5-1語学教師失職時代:Language teacher disappearance era.
5-2語学教師は失職する時代:A language teacher is in the era of unemployment.
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元号の決め方
1.光文事件(こうぶんじけん)とは、1926年(大正15年)12月25日、大正天皇の崩御の折、 「大正」の次の元号をめぐって起こった誤報事件。 「大正からの元号改元は「昭和」ではなく「光文」と決まっていたが、「東京日日新聞」(毎日)がスクープしたために「昭和」に変更された。」

2.新元号の発表時に小渕恵三が述べた「平成」の名前の由来は、『史記』五帝本紀の「内平外成(内平かに外成る)」、『書経』大禹謨の「地平天成(地平かに天成る)」からで「国の内外、天地とも平和が達成される」という意味。

3.「昭和」の由来は、四書五経の一つ書経尭典の「百姓昭明、協和萬邦」による。漢学者・吉田増蔵の考案。江戸時代にまったく同じ出典で、明和の元号が制定されている(「百姓昭明、協和萬邦」)。国民の平和および世界各国の共存繁栄を願う意味。

4.「大正」の由来は『易経』彖伝・臨卦の「大亨以正、天之道也」(大いに亨(とほ)りて以て正しきは、天の道なり)。明治:『易経』の「聖人南面而聴天下、嚮明而治」より。「聖人南面して天下を聴き、明に嚮(むか)ひて治む」というこの言葉は、過去の改元の際に江戸時代だけで8回候補として勘案

5.慶応の由来:『文選』の「慶雲応(まさ)に輝くべし」より。元治の由来:『周易』の「乾元用九、天下治也」および『三国志』の「天地以四時成功、元首以輔弼興治」より。文久の由来:『後漢書』謝該伝の「文武並用、成長久之計」より。安政の由来:『群書治要』の「庶民安政、然後君子安位矣」。
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日本民族の特徴
1.韓国は日本の植民地ではなかった。日韓併合は韓国が史実を曲げて被害者面しているが、韓国を赤字覚悟で近代化させたのだから、被害者は日本だ。学校,病院,インフラ,多岐にわたる支援を実施した。当時,韓国では国民の識字率は国民数の1割にも満たなかった。
2.小学校を各地につくり、義務教育を普及し、軽蔑されて使用していなかったハングル文字を広く一般化させて識字率が向上させたのも日本が学校を作り教科書を作ったからだ。ソウルには帝国大学まで建設して高等教育にまで手を出した。印刷所も無く,教科書印刷は日本で行われた。

3.モンゴル帝国は世界史上最大の領地を持った国で,今の中国,東ヨーロッパ,旧ソビエト地域にいたるまで,チンギス・ハンによって征服された。その孫のフビライ・ハンが,朝鮮半島,及び南宋(中国の南部あたり)をも手中に収め,日本に開港するように求めてきた。朝鮮は常にどこかの属国だった。
4.韓国が今のように独立国となったのも、日本が欧米諸国の植民地化に対抗して戦ってきたお陰だ。韓国はいつも誰かの属国だった。日本は大戦で敗戦後,GHQによって占領されたが、大古の昔から、どこかの国の属国にされたことは一度もない世界で最も継続している国とギネスでも認定されている。

5.韓国人と日本人が基本的に永遠に分かりあえないのは,この厳然たる「紡がれてきた歴史の事実」の上で民族としての立場の大きな違いがあるからだ。日本人の「天皇を中心とした独自の国家を築いてきた秩序ある国」とでは民族の血脈の中に流れる過去から共有されてきた民族的価値観に大きな差がある。
6.日本人の秩序性の高さや民度の高さは,過去から受け継がれたものだ。良きにつけ悪しきにつけ,日本が外交が苦手,粘り強い交渉が不得手だ。日韓併合時に国民の識字率が無いに等しい韓国と,すでに鎌倉時代にお百姓さん達でさえ陳情書があった国の違いだ。

7.既に身分に関わらず文字を持っていた日本人と、いくら同じ黄色人種,黒い髪,黒い瞳を持つアジア人でお隣さん同士であっても,日本人と半島の人々とは,そもそもの民族同士の差が違い過ぎる。日本人が如何に優れた民族であったのか,世界標準から鑑みても,よくわかる。DNA技術の進歩による最近の古墳などからの調査では、日本人とシナや朝鮮民族との違いが明確となっている。似ているのは外形だけである。
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インドネシアとの関係
1.「独立宣言 我らインドネシア人民はここにインドネシアの独立を宣言する。ジャカルタ、05年8月17日 インドネシア人民の名において スカルノ/ハッタ」1945年だが、この日付が05年、日本の皇紀2605年(=西暦1945年)の下二桁を表記したものだ。
2.インドネシアは16世紀以降、約300年にわたって、オランダに支配された。オランダ人は一切の教育・医療を与えず私有財産も認めなかった。集会、イスラムの信仰、運動広場も禁止した。知力体力をつけさせなかった。日本軍がくる前、公営プールには「犬とインドネシア人入るべからず」と。

3.1942年、日本軍が上陸しオランダ軍をたったの一週間で全面降伏させた。予言にあった「北から黄色い人がやってきて、白い人間を追い払う」は的中した。人々は予言の成就と狂喜し、日本軍は各地で紅白旗(インドネシア国旗)と国歌「インドネシア・ラヤ」の大合唱で迎えられた。
4.日本の占領統治は3年半にすぎなかったが日本の統治が民衆に与えた影響は予言以上のものだ。独立運動家スカルノやハッタは国名を「インドネシア共和国」とした。公用語をオランダ語からインドネシア語にし人々に誇りと自信を取り戻させた。阿羅健一著「ジャカルタ夜明け前−独立に賭けた人たち」

5.350年間も植民地にされ怠慢のくせがついていた。オランダ時代のやり方は全て放棄し、仕事を終えて帰宅しても用事があると呼び出す。遅刻は絶対しないこと、日の出と共に働く。姉歯準平は細かく指導した。「日本人がここにいるのはあとわずかだ。これをしっかり頭に入れてほしい。」
6.日本軍は津々浦々に「隣組」や「警防団」などを組織し、学校を作り、校庭で日本軍は軍事教練も開始した。終戦後、英蘭軍が進駐してきた。ジャワ島中部では連合軍の侵攻を知ったインドネシア人が日本人を収容所に入れてしまった。恐怖に怯えた彼らは、収容所にいる日本兵を殺した。

7.当時、2千人の元日本兵が残り、彼らはインドネシア人と共に戦った。半数が死に、1949年、英蘭両軍に勝利し独立した。そして独立後のインドネシア政府によって、亡くなられた千人の日本人兵士は、インドネシア国営英雄墓地に埋葬され、その中の数名は独立名誉勲章を授与された。
8.インドネシアの中学用歴史教科書「日本の占領は後に大きな影響を及ぼした。第一に英蘭語が禁止された。日本軍政3年半にインドネシア語が培われた。第二に軍事教練を課し厳しい規律を教え込み、勇敢に戦うことや耐え忍ぶことを訓練した。第三に蘭人を追放し高い能力と責任など重要な仕事を任せた」。

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AIとBIの関係
1.井上智洋『人工知能と経済の未来』(文春新書) で、著者は若手のマクロ経済学者、早大大学院では若田部先生を指導教員にしていた。前半でAIの進歩などを概観し、今世紀半ばにはほぼ90%の雇用が失われ、その対策としてベーシック・インカムの導入が必要となる。そこが要点だ。

2.現在かなりの程度に実用化されている特殊な用途に特化したAIと人間の知能に極めて近い全脳的なAIは全く違う。平均年齢が上がって資産が増加すると成長に対する志向が衰退する。生産性の伸びに応じた貨幣を供給して需要不足を金融政策で創出する必要性。なかなか興味深い視点を提供している。

3.労働が機械化されて雇用が激減する経済ではマルクス的な階級観からすれば労働者階級がいなくなって、資本家階級しか残らない。その場合は、生活保護におけるミーンズ・テストで行政コストをかけるよりは、ベーシック・インカムで最低限の生活を保証する方が適切という視点には大いに同意できる。

4.ベーシック・インカムに賛同するエコノミストが何人か上げられている。ケインズ的にワークシェアリングで各個人の労働時間を劇的に減らすとか、マルクス的に中央集権指令経済にはしないまでも社会主義的な道も、国民の選択としてあり得ることを指摘しておきたい。

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成長否定論者を排す
1.細川護熙、原真人、上野千鶴子といった成長否定論者は、三つの点で犯罪的断言をした。過去の日本経済の成長、即ち所得の拡大の恩恵を受け日本国で豊かに快適に暮らしてきた。自分は過去の日本の経済成長の恵みを受け安楽に暮らし、将来の日本国民は貧困化する国家で暮らせと平気で口にする恥知らずだ。

2.平等に貧しくなろうと主張するなら、上野千鶴子は自分の全財産を国庫に寄付し自ら範を示せ。彼ら論者たちは、自分は懸命に日本円をかき集め、溜め込む。自らは日本円を貯蓄することに血眼になりながら、他者には「貧しくてもいい」と言ってのける。GDPこそが税収源泉であることを理解していない。

3.GDPはその国の所得の合計で、我々は所得から税金を支払う。  必然、GDPと政府の租税収入は強い相関関係にある。GDPが大きい国は、税収が増えるために、財政規模も大きくなる。当然ながら、財政規模が拡大すれば、軍事支出にも多額のお金を費やすことが可能だ。

4.日本経済が成長せず、中国経済が拡大を続けた場合、中国のGDPが日本の10倍、軍事支出が20倍という時代が二十年ほどで訪れる。  日本の20倍の軍事費を使う共産党独裁国家に、日本は立ち向かえない。現在の日本は経済成長の絶好の機会を迎えている。人手不足という経済成長の絶好の機会だ。

5.人手不足、即ちインフレギャップを生産性向上で埋めたとき、実質賃金が上昇、豊かになった国民が需要を増やし、またもやインフレギャップという経済成長の黄金循環だ。日本は人手不足を埋めるために生産性向上を目指し、設備投資、公共投資、人材投資、技術投資という四つの投資を拡大するだけだ。

6.成長否定論者たちが日本衰退論を拡散し、日本の投資拡大を妨害する。彼らの存在が日本の経済成長を妨げている。成長否定論に対抗するためには、GDP,経済成長、生産性向上、デフレ・インフレといった概念を正しく理解し、容赦なく批判すべきだ。中国の属国化を拒否するには経済成長が必須だ。



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秩序、つまり和の心
1.成人式も過ぎ、殆ど日本人の若者は式典を秩序正しく過ごす。暴れるのは、どこぞの国から来た人たちなどごく一部の「気の毒な若者」だ。日本民族は、老いも若きも、子どもたちでさえも、非常に「秩序」を大切にする。なぜなら「秩序=和の心」だからだ。
2.東日本大震災でCNNは震災下でも日本人は「文化に根ざす規律を持っている」と伝えた。東京に滞在していたコロンビア大学の日本研究者は「略奪行為も食料を奪い合う住民の姿もみられない。震災下でも守られる規律は地域社会への責任を何より重んじる文化のたまものだ」と日本人の対応を高く評価した。

3.タス通信東京支局長の記事でも、東日本大震災の甚大な被害にも関わらず日本人が社会的秩序を失わず互いに助け合っていた姿を「日本には 最も困難な試練に 立ち向かうことを可能にする  “人間の連帯” が 今も存在している」と絶賛していた。
4.平時の姿は世界中どこの都市も同じだが、事あったとき、そうした人々の姿は一変する。ロスの地震、メキシコの地震、四川の地震等々、それまでは普通の市民だった人々が暴行、窃盗、強盗、強姦魔の集団と化した。哀しいことだが、これが世界の現実だ。日本国民は冷静に秩序を保ち世界は認めていた。

5.認めようとしないのは特亜と呼ばれる三国と、日本国内にいてその三国の人たちの影響を受けた残念な日本人と、その三国の出身者たちだ。日本が黒船来航とともに国内をあっという間に統一させ、二十七年後には日清戦争で「眠れる獅子の大国」大清帝国を破り、その十年後には大国露に勝利した。
6.更に十年後に第一次世界大戦に参戦し、太平洋の国々を領土に治めて善政を敷いた。講和会議の席上、世界で初めて日本が「人種の平等」を公式に説いた。大東亜戦争で日本国土は焼土と化したがアジア、アフリカの諸国に至るまで西欧の植民地支配を脱した。背景には日本の勇気ある活躍があった。

7.戦後すぐの時点では世界最貧国だった日本は、十年後で国土の建設復興の多くを終わらせ、その十年後には高度経済成長を遂げ、世界の経済大国となり、GNP世界二位となり、今や世界最大の債権国だ。日本製品は高品質の代名詞、日本人は礼儀正しく信頼できる人種の代名詞だ。製品偽造も、日本人偽装も世界では行われている。
8.日本人は「秩序」を重んじ「和」を大切にする。理不尽であっても、それが「秩序」として確立されたなら、それを守ろうと努力する。結果として、日本社会を混乱させる現象もある。そろそろ日本は、日本社会の秩序の根幹となっているレールを見直し敷き直す時期にきている。
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井伊直虎のこと
1.井伊直虎は1535年頃、遠江国の井伊谷(いいのや)で生まれた。父は井伊家22代宗主の井伊直盛で小領主。母は新野親矩の妹で、新野家は今川家一族の出身、桶狭間の戦いで織田信長に討たれた今川義元の親戚に連なる。井伊家と今川家は結びつきが強かった。今川は直虎の地元・遠江のスグ隣だ。
2.井伊一族は常に今川の強い影響を受けて戦国の世を生き抜き、時には味方、時には敵となる。最終的に井伊家は直政が跡を継ぎ、家康の下で大出世を遂げた。井伊直虎は直政が家康に仕える事になった背景となっていた。井伊家をあげて直政を育て、直政も井伊の赤鬼として期待に応え彦根30万石の大名となった。

3.井伊直虎のポイント◆直虎の実家・井伊家は浜松を本拠とした国衆(小領主の)だった◆22代当主直盛(杉本哲太)の娘◆親戚で直親(三浦春馬)と直虎は婚約◆井伊家の男性が次々に死に、直親は今川家に命を狙われて逃亡◆帰国した直親はひよ(貫地谷しほり)と結婚。
4.直親&ひよの子・直政の面倒を直虎が見た◆井伊直政は家康のもとで大出世、 後に彦根藩の藩祖となる。安政の大獄や桜田門外の変で知られる井伊直弼はその子孫◆井伊家の最初の600年は浜松。徳川四天王の一人・直政や、その子孫であり江戸幕府の大老直弼が有名、井伊家は直政から始まる。

5.井伊直虎は22代宗主・直盛の娘で、24代宗主・井伊直政の後見人だ。直虎は女性だから、宗主として系図には載せられず、それでいて実質的に井伊家存続の危機を救った人物だ。直政も直弼も、ひいては徳川家の栄光も彼女の存在なくして運命が変わっていた可能性がある。
6.嫡流の22代宗主直盛に嫡男がいなかった。直盛の娘(直虎)と直親を結婚させて御家を存続させるという方法だ。井伊の本拠地・井伊谷は遠江国に位置し、駿河は今川の支配下、西の三河は徳川、北は信濃国の武田、南は浜名湖を通じて太平洋。そのポジションが非常に過酷であった。

7.井伊家の男たちは次々に謀殺されたり戦死した。直虎が生まれた1535年頃から、彼女が女地頭(おんな城主)となる1565年までの30年間で生き残った一族は、直虎自身と井伊直政、そして築山殿(徳川家康正室)を産んだ姫、血の繋がりのない住職・南渓瑞聞の4名ほどしかいない。
8.1565年、直政はまだ5歳で、井伊直盛の娘・直虎が、男勝りの名前を掲げて女地頭(女城主)にならざるを得なかった。直虎については史料として直虎の書状については僅か数点のみと少ない。許婚者の直親が信州・松源寺へ逃亡し出家した。井伊家に対する殺害命令は直満の子である直親にも下された。

9.直親は直虎の許婚者であり、婚姻後は井伊家宗主の候補者でもあるが、上級権力者である今川に命を狙われて逃亡した。直親は病死と発表して渋川の東光寺に身を隠し、そこから信州市田郷の松源寺への逃亡を果たす。許婚の死を聞いた直虎は小野との縁談を断って直親への愛を貫き、自ら断髪、出家した。
10.帰国した井伊直親は、井伊直盛の養子となり、次の宗主の第一候補となった。つまり直虎とは姉弟(兄妹とも)の関係になった。迎えた1560年、戦国史に残る最大の逆転劇、桶狭間の戦いだ。
11. 龍潭寺(りょうたんじ)は井伊直虎(次郎法師)、井伊直親、井伊直盛の墓がある井伊氏の菩提寺、733年(天平5年)、行基によって開かれたと伝わる臨済宗妙心寺派の寺院。さらに1560年に「桶狭間の戦い」で戦死をした井伊直盛が葬られると直盛の法号から龍潭寺と改められた。
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嘘だらけの韓国の歴史
1.韓国の独立記念館には、日本官憲による独立運動家に対する拷問の光景を再現した蝋人形が展示され、日本人は残虐な民族だという強烈な印象を訪問者に植え付けている。残酷な仕打ちをしているのは、日本統治時代の憲兵や警察官であり、殴られているのは朝鮮人だと書いてある。
2.ところが不思議な事に、責めている官憲の顔は、どれも典型的なエラの張った朝鮮顔、責められている側は日本人顔だ。何処の博物館でも殆ど同じだ。蝋人形をつくった人は、ちゃんとわかっていたのだ。韓国では、小中学生の修学旅行の定番コースだ。日本への恐怖と憎しみをかきたてられることだ。

3.明治四十三(1910)年の日韓併合のとき、韓国の警察制度の近代化を図った。警務総長には日本の憲兵司令官を当て、憲兵と警察を一元化した。朝鮮人官憲による横暴、拷問、暴力、強姦が、あまりに無差別に行われていたからだ。憲兵も警察官も地域の防犯担当で、言葉や地理に詳しい現地人を採用した。
4.犯人を捜し、検挙し、尋問するのは現地採用の朝鮮人の役割だ。言葉で直接の取調べは、言葉の判る朝鮮人にやらせるしかない。つまり資料館で拷問をしている蝋人形は日本人ではなく、朝鮮人だ。憲兵・警察の補助要員として、韓国人を大量に募集した。しかもいつも希望者が殺到した。

5.日本は法律で、李氏朝鮮時代にはあたりまえのように行われていた拷問を禁止した。法で禁止したにもかかわらず、法の執行を行うべく採用した朝鮮人補助員たちは、これまでの宿怨を日本の権力を借りて晴らそうとした。そして同胞であるはずの朝鮮人たちに、過酷な暴行をはじめた。蝋人形館の実際の姿だ。
6.施設や食事を改良し、刑執行時における残虐性を排除して近代化を押し進めようとしても補助員として働く朝鮮人の憲兵や警察官、刑務官などは、日本人から隠れて、同国人に対して酷い振る舞いを止めなかった。裁判所でも法廷内で被告人に対して拷問や暴行が行われ、裁判所自体が被疑者を平気で拷問した。

7.朝鮮人は日本という虎の威を借りて、好き放題の横暴を働いた。戦後、日本がおとなしくなると、途端に手のひらを返したように日本人への暴行を始め自分たちが行った悪辣非道な振舞を、全部日本人がやったこととして宣伝した。竹島領有、日本人拉致、ゴミ不法投棄、児童公園横取り、駅前パチンコ屋の開業。
8.支那人や朝鮮人は西洋人には媚びる。それは彼らが徹底的に「報復」をする民族であることを知っているからだ。虎の威を借りるタイプの者は、自分より弱い者には必ず居丈高になり、自分より強い者には卑屈になる。獣と同じ習性で、やさしさは大切だが、力のないやさしさは、身近な人の犠牲を伴う。
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トランプと日本の進むべき道
1.冷泉彰彦『トランプ大統領の衝撃』(幻冬舎新書) で著者はジャーナリスト。やや意外性のあるトランプ当選について、分析や事実の発見は何もない。米国の共和党と民主党の両党の予備選挙など、誰でも知っていることだ。政策分析というよりは、選挙手法・選挙のやり方に関する論評だけだ。

2.読む価値がないので、本書を離れてトランプ当選は、米国の民主党から黒人大統領が生まれ、さらに女性の候補を出して来て、政治的なマイノリティの候補、あるいは、政治的な正確さ がかなり極限までリベラル化された反動と考えられる。振り子が逆に振れたとわけだ。

3.世論調査の結果と少しズレがあったのはブラッドリー効果だ。就任式まであと僅かだから、話題の閣僚や在日大使などの人事だけでなく、実際の政策動向に関する情報が欲しい。日本経済は再び相対的に米国と比べて小さくなり、その昔の「米国がくしゃみをすれば日本が風邪をひく」という状態だからだ。

4.日本としては、するべき事は明白で、内需の拡大以外しか道はない。それをするだけの資本、技術、体力とも十分に備わっている。そうすれば、やがて米国と並ぶ地位に再び迫り、追い越す可能性もある。心配はない。
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